I want to hold you
「ただいま!」
「おー、お帰り」
「成果はどうだった?」
 盗賊団の面々は、とある遺跡調査から帰ってきた少年を、笑顔で迎える。
「うん、上々」
 上機嫌で答え、腰に下げた袋を外し、遺跡から盗ってきたのだろう、キラキラ光る宝石を見せた彼に、彼らはうんうんよくやった、と頷く。
「よし、特別に、褒美をやるか」
「え!何?」
「おかしらのスペシャルディナーを一番に食わせてやるよ!」
「ちょ、待って!!それ褒美じゃな」
「まぁまぁ黙って食え、ほら」
 流石は盗賊というべきか、彼らはあっという間にニケを椅子に縛り上げて、テーブルに連行していく。
 
 ご丁寧にテーブルクロスまで敷かれたテーブルの上に並ぶご馳走に、ニケはお腹をぐぅ、と鳴らした。
「あ、なんか、すげー、うまそう……だけど!それが、かえって怖い!」
「下ろすぞ」
(前門の料理、後門のおかしら……)
 食べるために、縄を解かれたものの、後ろに立っているスライの殺気のこもった声に、ニケは逃げられないと覚悟を決める。
「うぅ……いただきます……、ん!」
「どうだ?」
「お、おいしい!、これ、めちゃくちゃうまい!!」
「そりゃ、そうだ」
 目を輝かせたニケに、スライはニッと笑うと、指をパチン、と鳴らす。
 その瞬間、彼らを囲んでいた団員たちが、目配せをして、テーブルを少しだけ、持ち上げて引いた。
「ニケくん!」
「く、ククリ!!」
 テーブルクロスの上から、飛び出してきた三つ編みの少女に、ニケは驚きの声を上げる。
「え、え、これは……なんで、ククリが」
「まだわからないの、もう」
 後ろからかけられた呆れかえった声に、視線をそちらへ向ける。すると、黒髪の少女が苦笑していた。
「しょうがないわね、ククリちゃん、はっきり言ってあげましょう」
「はーい!みなさんも、一緒に、お願いします!せーのっ、ニケくん!」
「カマドウマ!!」
「ニケくん」

「「お誕生日、おめでとう!」」

 言葉とともに、パーンッ、と、クラッカーとコルク栓の飛ぶ音が弾け、ニケは、猫目を大きく見開いて、パチパチと数回瞬かせ、それから、叫んだ。
「……あ、あーっ!、そうか、今日、オレ、誕生日だった!」

 話は、少し前に遡る。
「う〜ん……」
「どうしたの、ククリちゃん、魔法難しい?」
 難しい顔をして、杖を両手で挟み、前後に小さく動かして、くるくると回していた少女に、ルンルンは声をかけた。
「あっ、ごめんなさい、違うの」
「じゃあ、ニケくんのこと?」
「えっ!なんでわかるの!」
「ふふ、ククリちゃんだもの、大体、考えてるでしょ、彼のこと……どうしたの?」
「うっ……あ、あのね……、ニケくん、もうすぐお誕生日、なんだけど」
「あら、じゃあ、こんなところにいる場合じゃないんじゃない?」
 闇魔法結社の本拠地は、彼らの今の拠点があるコパ大陸より遠い。明日にでも出ないと、間に合わないかもしれない。けれど、ククリは浮かない顔で言う。
「うん、でもね、ニケくん、自分のお誕生日、忘れちゃうの、いつも」
「あら、ククリちゃんの誕生日は毎年忘れないのに?」
「えへへ、そうなの……、って、そうじゃなくて!今年も、すっかり忘れて、盗賊団のみんなに、ひと月はかかる遺跡調査に誘われて、行っちゃった……、言えば、残ってくれたとは、思うんだけどね、なんか、さみしいなあって、思っちゃったの、ごめんなさい」
 しゅんと肩を落としたククリに、ルンルンは少し考えて、それから、悪戯っぽく、微笑んだ。
「じゃあ、こうしましょうか」

 団員の誕生祝いにかこつけて、宴が始まる。
 未だ状況が把握し切れていないニケの隣で、ククリは笑う。
「おねーさんがおかしらに頼んでくれて、協力してもらったの!驚いた?」
「う、うん、すげー、びっくりした、そっか、そりゃ、旨いよな、ククリの料理だもんな、……ありがとな、わざわざ」
「良かった」
 少女の言葉に、照れくさそうに頬を掻いた少年の頭を、スライはぽん、と軽く叩く。
「まぁ、自分の誕生日も忘れちまうやつへの罰としては、妥当だな」
「おかしら!」
「そうよ、覚えてれば、独り占めできたのに」
「おねーさんまで、もう!」
 少し顔を赤くして、ニケはジロリと彼らを睨む。普段はクールな弟分のそれが微笑ましくて、二人は視線を交わして、笑った。
 
「……ねぇ、ニケくん」
「ん?」
 宴もたけなわといった中、ぽつりと、ククリは呟く。
「どんなお祝いをしたら、お誕生日、覚えていてくれる?あたしね、ニケくんがしてくれるみたいに、お誕生日が待ち遠しくて、ドキドキする時間をあげたい、あなたに、あなたの生まれた日が、特別だって、思ってほしいの」
 ニケは、目を丸くして、それから、その目を伏せた。
「……ククリ、そっか、ごめんな、いつも、こんなに、手間をかけて、祝ってくれるのに、……ホントうれしいって思うのに、忘れてさ、そっか、そうだよな、オレにとっての、お前の誕生日と、おんなじなんだ。オレ、ククリが教えてくれるまで、自分の誕生日が、こんなに特別な日なんて、知らなかった、オレのことだから、忘れない、とは約束できないけど……それは、わかった」
「じゃあ、来年も、その次も、ずーっと、あなたがどこにいても、お祝いするね」
「、ありがと、あー、でも、そのときは、さ、悪いんだけど」
 言いにくそうに、うつむいたニケの顔をククリがのぞき込む。すると彼は、彼女にしか見せない顔で、彼女にしか聞こえないような小さな声で、言った。
「ふたりっきりが、いいな……」