first step
「ではレイド様、ご武運を」
「ここはあちし達にお任せくださいでし」
「ああ、ありがとう」
 元魔王軍の部下一同から、今日で十五になる少年への誕生日プレゼントは、『お友達と過ごすお誕生日』だった。レイドは自分の誕生日パーティーの準備で慌ただしい城を彼等の手引きで抜け出すと、人間界へと向かう。目指すのは、チクリ魔が調べておいた、再び旅立った勇者と魔法使いが訪れているという村だ。

「お前、こんなとこで何してんの」
 宿屋のドアを開けて、目に入ったものを無かった事にしようと、ドアを閉めかける。しかし、小さな村には宿屋はここしか無い。ニケは諦めて声を掛けた。
「ひ、久しぶりだな!ラッキースター!ピンクボム!」
「……ククリはまだ買い物……というか声がでかい、外出ようぜ」

 レイドが魔族である事がばれると面倒なので、宿屋の主人にククリへの伝言を頼むと、二人は、人目を避けて、村の外れにやって来た。夏の夕暮れは、少し歩くと暑い。レイドは周りにニケ以外の人間がいないことを確認すると、全身を覆うように被っていた布を取った。その下から現れた、銀の刺繍で彩られた、宵闇色の上等そうな服に、ニケは目を見張った。
「……なんか、今日はすごい格好だな?魔界で仮装パーティーでもしてんの?」
「これは正装だ!……オレの誕生日を祝いに、魔界中の魔族や悪魔が集まるからな」
「へぇ」
「……」
「おめでと」
「?!何が?」
「何がって、そういう話してたんじゃないのかよ」
「…………そうだが」
 つい、この間まで敵同士だった相手に当然のように言われ、戸惑う。悔しいような、悪い気はしないような、変な気分だった。

「で、何しに来たんだ?」
「それは」
「あっ、良かった、見つけた!勇者様、レイドくん!」
 言いかけた、その時、三つ編みを揺らしながら、一人の少女が走ってくる。二人の少年は、それぞれに、彼女の名を呼んだ。
「ククリ」
「ピンクボム!」
「あたしピンクボムじゃないよ?」
「うっ……ククリ」
 レイドが顔を赤らめて呼び直すと、彼女は嬉しそうに笑った。ククリにとって、彼が名前を呼ぶのは、もう敵では無く、友達であるという証だった。
「えへへ、どうしたの?急に訪ねてくるなんて。それに、すごいお洋服だね!」
「……一族の正装だ、おかしいか?」
「ううん、レイドくん王子様みたい、格好いい!」
 思いを寄せる少女の笑顔に、胸が高まる。レイドは冷静を装って、言った。
「オ……オレ、今日誕生日なんだ、それで、カヤとか、みんなが、『友達と過ごす誕生日』を贈る、なんて言い出すから、お前の所に、来た」
「…………ふぅん、なるほど、そういう事か」
「わぁ、お誕生日なんだね、おめでとう!あ、そうだ、何かプレゼント……って、宿に荷物置いて来ちゃったんだった……」
「構わない、が……、ひとつ頼み事を聞いてもらえないか」
「なあに?」
 首を傾げたククリに、レイドは勇気を振り絞って言った。
「オレと、踊ってくれないか」
「え?」
 キョトンと首を傾げたククリに、レイドは、しどろもどろで付け加える。
「あ、ほら、ええと、ミグミグ族は、仲間と、踊るんだろ、だから……」
「そっか、うん、踊ろう!レイドくん!」
 ククリは満面の笑みを浮かべると、レイドが差し伸べた手を取った。

数十分後。
「ミ、ミグミグ族のダンスを教えてくれた礼に、お前の好きそうな、舞踏会で踊るダンスのステップを教えてやる。新しいダンスを覚えるのは、得意だろう?」
「うん!」
 ミグミグ族のハードな踊りに目を回しながら、言ったレイドの言葉に、ハイになっているククリは即答する。
(あ、一晩中引き回しの刑回避した)
 二人の踊りを眺めていたニケは、少し面白くなさそうに心の中で呟いた。

「右、右、左、ここでターン、そう、やっぱり上手いな」
 星空の下、虫の音をロンドがわりにして、二人は踊る。
(ああ、このまま、時が止まればいいのに……この夏の夜空に君を閉じ込めたい)

「はっポエム波が!勇者さん一体何が?!」
「……アイツ、本気、だよなぁ……」
ぽん、と自分の横に暑苦しく現れた風の精霊を無視して、ニケは村を囲う柵に頬杖をついてポツリと言った。
「はぁ、たたみかけるようにクサい!」
「…………」
 天の川に星をひとつ増やして、ニケはぼうっと踊る二人を見ていた。

「さて、名残惜しいが……もう戻らないとな、ありがとう、楽しかった……ククリ」
「あたしも楽しかった!ありがとう!」
 夜も更けはじめた頃、ククリのぐぅ、となったおなかの音が、終わりの合図となった。
 レイドの背中を見送って、宿屋に戻ろうと、足を踏み出したククリに、ニケは小さく笑うと言った。
「悪い、先行ってて、直ぐ戻るから」

「レイド!」
「!」
今まさに、魔界ポイントに入ろうとしていたレイドは、呼ぶ声に振り返った。間髪入れず、自分に向かって飛んできた何かを、反射的に手で掴む。パシッと軽い音がした。
「……なんだこれ、チョコレート?」
「さっき手分けして買い物してるときに、おまけで貰ったんだ、ククリにやろうと思ってたけど、お前にやるよ、それが、オレからの誕生日プレゼント。……アイツの事は、誕生日だからって、絶対、譲ったりしないからな」
「ほぅ……余裕ぶっているうちに、かっさらってやろうと思っていたが、案外余裕無いんだな、お前」
「っ、何ニヤニヤしてんだ、とっとと帰れ!」
 これが、笑わないでいられるか、とレイドは声に出さずに叫んだ。オレはやっと二人と同じ舞台に立てたのだ、と。
(綺麗な思い出にしようと思っていたが……やめた!)
 レイドは片手をあげてニケの悪態に答えると、最高の日を贈ってくれた仲間達の元へ帰っていったのだった。