「『月が綺麗ですね』の言葉の意味を知らずに言って微笑み合ったニケククが数年後に言葉の意味を知ってニケがあの時から無自覚にそう思っていたのかと思う話」
明るい、夜だった。
 僅かに差し込む光と、頬をくすぐる風に、少年は目を覚ました。
「あれ、隙間あいてる……ククリ?」
 ニケは、目を擦りながら、テントを確認し、それから、隣で寝ていたはずの少女がいないことに気づいた。
(ああ、今日は、満月か……)
 ククリは時々、幼い頃そうしていたように、満月の夜に魔法の練習をすることがあった。
 なんとなく、気に掛かって、ニケも外へ出る。きっと、光を遮る物のない、あの丘の上だろうと、見当を付け、ニケは歩き出した。そして、彼の思った通り、丘の上に、少女はいた。
 
 月の下、踊る少女に、目を奪われる。
 彼女はやはり、神の踊り子と呼ばれる、ミグミグ族なのだ。
 くるくるかわいらしく回って、ぴたっと止まる。閉じていた目がゆっくりと開いていく。

「あれ、……勇者様!どうしたの?」
 ぼーっと突っ立っていたニケに気づき、ククリが駆け寄ってくる。ニケは慌てて、笑って、言った。
「あ、ああ、ええと、月が、綺麗だな〜って」
 自分で呆れるくらい、下手な言い訳に、顔が熱くなる。けれど、ククリは一瞬目を丸くして、それから、花が綻ぶように、笑った。
「あたしも、そう思ってたの!えへへ、嬉しい、綺麗だね、お月様」
「……うん」
 その笑顔に、また、心臓が跳ねる。誤魔化すように、月を見上げると、ククリも隣に並んで、同じ月を見上げた。


 東の果ての国の作家は、異国の愛を伝える言葉を、「月が綺麗ですね」と訳したと、吟遊詩人が謡う。それを聞いた、買い物帰りの、伝説となった勇者と魔法使いは、顔を見合わせた。互いに、きっと、思い浮かべていることは同じなのだろう。どちらともなく、笑う。
「……あの時、あたしね、とっても綺麗なお月様を、ニケくんと見たいなって、綺麗だねって、言いたかったの、だから、願いが叶って、びっくりしたの」
「そっか。オレもさ、ククリと会うまで、誰かと、月を見た事なんて、なかったよ。けど、あんまり、綺麗過ぎて、あの時は、まだ、少し恐かったんだ、自分が自分じゃなくなるみたいでさ」
 そう言って、ニケは不思議そうな顔で自分を見つめたククリに目を細めて、言った。
「『月が綺麗ですね』って、話」