星祭り
「寒ーい!」
「さぶっ」
 宿屋から一歩出たところで、寒風の先制攻撃を受け、少年と少女は二人揃って悲鳴を上げた。
「何も、こんな寒い時期に夜祭りせんでも」
「この時期が、一番綺麗なんだって」
 はー、と白い息と共に愚痴を零した少年に、隣を歩く少女が、寒さで赤くなった頬で嬉しそうに答える。チラリと彼女を見て、少年は襟巻きを口元まで上げながら、ぽつりと言った。
「じゃ、ラッキーだな」
「うん!」

 時は遡ること一週間前。
「勇者さん、ククリさん、ひとつ、お願いしたいことがあるんですけど……」
 このあたりでしか採れないという薬草を買ってきてほしい、という友人の依頼、というよりは、お使いのため、勇者ニケと魔法使いククリは、とある山間の町を訪れていた。
 無事目的の薬草を入手した二人は、道具屋の主人から、今夜が年に一度のお祭りであることを聞き、寄り道をしていくことにしたのだ。
 
「おー、やってる、やってる」
「わーっ」
 広場まで歩いて来ると、ランタンの明かりの中に、小さなテントがいくつも立っていた。テントはどれも、色とりどりの飾り付けがされ、キラキラと光っている。
「おや、お嬢ちゃん、旅の人かい?」
 物珍しげにキョロキョロとあたりを見回す少女に、店の老婆が声をかける。ククリは嬉しそうに頷いて、彼女の店の前に駆け寄った。その後ろから、ニケが慣れた様子で、付いてきて、一緒に店を覗き込む。
「おばーちゃん、これなぁに?綺麗な色……」
「これはね、この町で、代々作られてきた、木工細工だよ」
「木?こんな色の木、見たことないぞ、光って見える」
 首を傾げる少年に、老婆は微笑んだ。
「ああ、このあたりは、珍しい植物がたくさん自生していて、染色も盛んなんだ、広場の飾りと、同じものだよ。どうだい、ひとつ、二人の思い出に。これなんか、お嬢ちゃんに似合うと思うよ」
 星の飾りが付いた首飾りを手に取って、老婆は悪戯っぽくウインクする。
「や、やだおばーちゃん、からかわないで〜」
「……なんか欲しいの、ある?」
 困ったようにはにかんでいた三つ編みの少女は、金の髪の少年の言葉に、はじかれたように顔を上げた。
「え!いいの?」
「うん」
「じゃあ、あ、あの、……これ、ください」
「はい、40Rだよ。ありがとうね」
 そう言って、老婆は微笑むと、ククリが指さした小さな指輪と、隣にあった少しだけ大きい指輪を袋に入れる。
「あっ」
 一つ選んだつもりだったククリは、慌てて声を掛けようとしたが、ニケは目配せしてそれを止めると、言われた通りの金額を払い、品物を受け取った。
「ごめんね、二個セットだったって、気がつかなかった」
 手を振って老婆と別れ、並んで歩きながら、ククリは申し訳なさそうに言う。そんな彼女に、素っ気なく、ニケは言った。
「別に、いーよ、これが欲しかったんだろ?」
「……あ、ありがとう……ニケ、くん」
 声にも嬉しさを滲ませて、自分の名前を呼んで笑ったククリに、ニケは少しだけ、目を伏せた。
「……あのさ」
「へくちっ」
「、おいおい、大丈夫かよ?」
 言いかけた言葉を飲み込んで、ニケは苦笑する。
「だいじょーぶ、あれ、今、何か、」
「なんでもない、あ、あそこ、なんか温かそうなやつ、売ってる。行こうぜ!」
「う、うんっ」
 ニケはいつも通り明るく笑って、湯気が立ち上る店に足を向けた。ククリも興味を引かれて、彼に続く。

「いらっしゃい、おや、君たちお酒はまだ早いんじゃないか?」
「げっ、酒しかないの?」
 別の国での祭の夜を思い出し、ニケは嫌そうな顔をする。
「はは、冗談だ、ホットワインとカフェ・ロワイヤルが名物だけどね、ちゃんと、子供用もあるよ、どれにする?」
「えーと、ホットブドウジュースと、ロイヤルミルクティーと、コーヒー?じゃ、オレはコーヒーで、ククリ、何にする?」
「お勧めは、ブドウジュースだよ」
「じゃあ、それでお願いします!」
「はいよ、熱いから、気をつけてな」
「はーい、おじさん、ありがとう」
 渡されたカップはやはりあの木工細工で、薄暗い中、銀色に光って見えた。火傷をしないように気をつけて、口をつける。
(あれ、これ)
「おいしい!」
 ニケは一瞬怪訝な顔をし、ククリは初めての味に感嘆の声を上げた。
「暖まるね」
「そうだな」
「星、綺麗だね」
「ああ」
 カップが空になるまで、行き交う人を眺めながら、他愛のない話をする。そして、ククリが名残惜しそうに、最後の一口を飲み干した時だった。
「あのさ、ククリ」
「なぁに?」
「ええと…………その、そろそろ人が多くなってきたから、移動するか?」
「あ……うん!」
 差し出された手を取って、ククリはにっこりと笑った。いつだって、彼はこうやって、人が多いと、はぐれないように手を引いてくれるのだ。

「あ、あれ?ニケくん、どこに行くの」
 自分の手を引いて、人混みをすいすいと縫うように抜けて、広場を出てしまったニケに、ククリは戸惑った。けれど彼は、暗いから気をつけて、とだけ言うと、人通りの少ない、高台へと歩いて行く。そして、広場から小さく見えていた、大きな建物の前で立ち止まると、振り返って、笑った。
「星が、一番綺麗に見えるって、ことはさ、逆も、そうなんじゃないかって、思ったんだ、ほら」
「わあっ」
 彼に導かれるまま、高台から町を一望すると、町の明かりや、祭の飾りが、天上の星と同じくらい、キラキラと瞬いていた。
「すごい……綺麗、綺麗!」
 しばらく、二人はそうやって、空と地上の星を眺めていた。
 けれど、やがて手袋をしていない指先の冷たさと、反対側の繋いだままの手の暖かさに気づいて、ククリは隣に微笑んだ。
「あの、手、ありがとう……もう大丈夫だよ」
 しかし、ニケはその手を離そうとはせず、代わりに、小さな声で、絞り出すように、言った。
「……違うんだ、オレ……ただ、繋ぎたかったんだ、手」
「へぇ!?」
「ククリさん驚きすぎでは」
「だ、だって、だって〜」
「そうだよな、……ごめん、ずっとオレ、わかんなかったんだ」
「ニケくん?」
「『恋人』になったら、何をどうすればいいのかって」
「!」
「でも、さ、そうじゃないんだ、恋人だからじゃなくて、ただ、繋ぎたくなって、そういう、もんなんだな、ああ、悪い、ヘンなこと、言ってさ、ちょっと前から、そう、思ってて、ずっと、言わなきゃって、思ってたんだけど、なかなか、言い出せなくて、あー……だから、その、……繋いでても、いいか」
「いいいいいよ!でも、あ、明るいところで、もう一回、もう一回言って!顔が見たいっ」
「あ、あのな〜、無茶言うなよ……」
 そう消え入りそうな声で言って、そっぽを向いてしまったニケの顔を、ククリは諦めきれずに覗き込んで、空いている方の手を伸ばし、その頬に触れた。
「ふふ、ほっぺた、熱くなってる」
「……そっちの指が冷たいんだろ」
 ぶっきらぼうに言って、ニケは反対に、ククリの頬にそっと触れた。
 ふ、と、良い香りがして、ククリは目を閉じる。
(あ、ブランデーの、匂い……)

「えへへへへへ」
「クーちゃん、顔、顔溶けてるわ」
「あっごめんね……、お店のおじさんが、ニケくんに、間違えて、お酒入ってる方を渡しちゃったおかげだって、わかってるんだけどね、ロマンチックな、デート、嬉しかったの……」
「あら、ニケくんが、お酒のせいって、そう言ったの?」
「ううん、でも、きっとそうじゃないかなぁ」
「じゃあ今度、またブランデー入りコーヒー飲ませてみましょうか」
 ジュジュが意味ありげに微笑んだその時、トマに薬草を渡しに言っていたニケが、礼拝堂の窓越しに声を掛けた。
「……ククリ〜、そろそろ行くぞ〜」
「あ、はーい!じゃあ、ジュジュちゃん、またね!」
 並んで歩く二人の背中を見送りながら、ジュジュは思う。
 さっき、少しだけ見えた彼の胸元には、彼女の指に光っていたのと、同じものが、首から提げられていた。
(まだまだ、先は長そうだけど)
 少しずつ、きっと。