気づかないふり
「と言う訳なんだ、だから……」
「そう……お疲れ様、ありがとう」
 事の顛末を告げ、勇者と呼ばれる少年は、闇の少女に空の瓶を手渡した。
 少女は、部下に何か指示すると、お茶を用意するから少し待っていて、と少年に椅子を勧める。少年は素直に従うと、ふぅ、と小さく溜息をついた。
「大丈夫?」
「……ククリには、何も言ってないから、平気だよ」
「そうでしょうね、知っていたらあんなに、元気に戻ってきては、くれなかったでしょうから」
 いつも彼の傍らにいる少女は、先に部屋で休んでいる。少年もまた、用意された部屋で休んでいるはずだった。けれど、彼女が部屋に入るのを見届けてから、彼はここにやってきたのだ。
 闇の少女は、そんな、自分より少し年下の少年にこっそり苦笑した。そして、彼に、飲みなさい、と先ほどの部下が持って来たふたつのマグカップのうちひとつを差し出した。ふわふわと湯気が立ち上るそれは。
「……牛乳?オレ、そっちのコーヒーの方が」
「馬鹿ね、寝る前に、子供にコーヒー勧めるわけないでしょ。それ飲んで、今日はゆっくり休みなさい」
 少年は、一瞬の沈黙の後、静かに言った。
「……もしかして、オレが、大丈夫かって話?オレは、ククリと違って薄情モンだから、寝て起きたら、忘れたよ」
「そう、なら、いいけれど」
 少しだけ、揺れた瞳に気づかない振りをして、少女は言った。
「ああ、でもさ、ひとつだけ、気になってることがある」
「何?」
「お姉さんは、あの村の魔法使いと、仲、良かった?」
「!」
 少年の思わぬ言葉に驚いて、少女は手にしていたマグカップを落としそうになる。しかし、そんな内心とは裏腹に、彼女は淡々とした口調で、答えた。
「……知り合いだったけれど、平気よ、魔法使いだもの、よくある話だわ」
「そう、なら、……良かった」
 そう言って、少年は少しぬるくなったホットミルクを飲み干し、ぎこちなく笑った。