魔境の片隅にある喫茶店の話
「こんな所に、喫茶店?」
 旅の途中、魔境に迷い込んでしまった私は、突然森の合間に現れた、呑気で胡散臭い看板を掲げるお店に目を擦った。

『珈琲とお菓子と魔法とガラクタの店』
 
 場所が場所だけに、ビクビクしながら、それでも詩人の職業病である好奇心に勝てずに、私は扉を開ける。
「いらっしゃい」
 出迎えたのは、私と同じくらいの、大きな猫目にほんの少しだけ幼さの残る、金の髪の青年。魔物じゃなかったことにホッとした私は、カウンターに腰を落ち着けると、本日の珈琲とケーキを注文した。
「おいしい!」
「どうも」
「このケーキも、あなたが作ったんですか?」
「オレじゃないよ、嫁さん。今日は買い出しに出てていないけど」
「そうなんですね、素敵……あっ、そうだ、看板にあった、魔法とガラクタって……」
「ああ、魔法は、そこに並べてるやつ。それも、嫁さんが。魔法使いなんだ」
 彼が指差す方を見ると、棚にラベルの貼られた小さな瓶が並べられていた。
「ガラクタは、あれ」
 次に彼が指差したのは、小さな箱。
「世界中の目利きが集まるアラハビカで、1Rの値も付かなかった、正真正銘、本物のガラクタだよ」
「売り物ですよね?」
「うん、それが欲しいって奴もいるからさ。ほら」
「こんにちは!ガラクタ見せて!」
 彼がそう言うなり、元気な声と共に、男の子が一人飛び込んで来る。
「ほい、いらっしゃい」 
 男の子(よく見ると頭に小さな角が生えている、どうやら魔物の子のようだ)は目をキラキラさせて、箱の中のガラクタをひっくり返している。
「ますたぁ、これちょうだい!」
「何に使うんだ?」
「あのねぇ、これ、飛ぶんだ!ここがエネルギー源でね、それで……」
「ふぅん、格好いいな、飛行船か、じゃあ、それ、いくらだ?」
「ええと、6R!」
「よし、売った」
 彼は猫目を細めてそう言った。私はそうか、と思う。何の役にもたたないガラクタは、男の子にとって、新しい価値のある物に変わったのだ。
 私は嬉しそうに立ち去った男の子を見送って、それから、『ガラクタ』の中から、比較的小さな、銀色の曲がりくねった棒状のものを手に取った。
「気に入った?」
「はい」
「何に使うの?」
「いつでもここに、また来られる鍵です」
「不定休だから、休みだったらごめんな。……いくら?」
 旅人の、ものの例えとわかっていながら、冗談めかして彼は言う。
「では、10Rで」
 こうして私は、『珈琲とお菓子と魔法と夢を売るお店』の常連となったのだ。