鬼ごっこ
 レイドが魔力を使い、動かした縄に足を取られ、ニケは膝をついた。
「……くそっなんだこれ!」
 絡みついた縄を忌々しげに外す。しかし、それは囮でもあった。ニケが立ち上がろうとしたその時、レイドは彼に飛び掛かった。

 馬乗りになり、まだ子供の声しか出せない、自分より僅かに細い首に手を掛け、全体重を腕に乗せる。
「……っ、ぐ」
 気道を塞がれ、ニケは必死に両手で腕を外そうともがくが、びくともしない。

(なんて、脆い)

 このまま絞め続ければ、瞬く間に力尽きるだろう。こんな簡単に、消えてしまうのだ。こんな、誰にでもできるようなやり方で、消えてしまうのか。

 違う
 オレは、オレの全てを掛けて、お前に勝ちたかったのに。
 お前が消えてしまったら、オレは、どうすればいい?

 ボロボロと涙が落ちる。

 ニケは霞む目でそれを見た。そして、最後の力を振り絞って、彼に手を伸ばすと、胸倉を掴み、思い切り自分の方に引いた。
「っ!」
 不意を突かれて、レイドは彼の上に倒れ込んだ。ヒュッと耳元で、喉の鳴る音がした。

 レイドの服を掴んだまま、ニケは激しく咳き込んだ。耳元で聞こえる音がうるさくて、レイドはニケの背に手を回すと、彼ごと上半身を起こした。

 多少呼吸が楽になったのか、ニケは大きく息を吸いこみ、ヒュー、と細く吐いた。と同時に、ベルトに隠していたナイフを後ろ手に取り出し、目の前に突きつける。

「……に、が、した、まえ、は!」

 何がしたいんだお前は、辛うじて聞こえた音と表情で聞き取って、レイドは歪に口角を上げた。全く彼の言うとおりだった。何がしたいんだオレは。

 言葉が喉を刺激したのか、ニケはまた咳き込むと、赤い物の混じる唾液を吐き出す。喉を痛めたようだった。それでも、顔を上げ、まっすぐにレイドを睨みつける。

「……それだ、オレが、したかったの、は」

 そうだ、真剣勝負をのらりくらりと躱されて、嫉妬やら自尊心やら、自分のどうしようもない気持ちは、行き場を失っていたのだ。

「お前の目に、オレを映したかった」
「……!!」

 次の瞬間、ニケはナイフを逆の手に持ち替えながら勢いよく立ち上がると、ガツンとレイドを殴りつけた。
「そ、んな、こと、で、殺す気、か!?」

 レイドは彼をポカンと見た。怒っている、けれど、それだけだった。きっとそれが過ぎれば許し、いつものように流してしまうのだろう。信じがたい神経だ。でも、もう、逃がしたくはなかった。
「そんなこと、じゃない。……逃げ続けたお前が悪い」
 そう言って、レイドはニヤリと笑った。それは、先程の自嘲めいたものではない。楽しみを見つけた、少年のものだった。
「今日は出直す。命乞いが聞けないのは残念だからな!」

 すっかり元気になり、去って行った彼とは逆に、酸欠に、なったせいだろうか。急にくらりと目の前が暗くなった気がして、ニケは眉間を押さえた。これは、カヤがククリを標的にしたように今度は自分がレイドに目をつけられてしまったということだろうか。ああ、心のどこかでわかっていたのだ、向き合ってはいけないと。だから、逸らし続けていたのに。
(面倒くさい……)
 ゲンナリとしながら、ニケは己の首に触れた。ひどく痛んだので、冷やすために頭のバンダナを外し、水を掛け首に軽く巻いた。そして、戻った宿屋で様子を見ようと、とっくに乾いていたバンダナを取り、鏡を見た彼は、心底嫌そうな顔をした。
 その首にはくっきりと、絞められた跡が痣となって残っていた。まるで、首枷のように思えて、ニケは忌々しげに、荷物から薬草を取り出すと、痛む喉に無理矢理流し込んだ。