nnl スクラップ
(11/3)
「!」
「……っ、わ、ぁぁっ」
 敵が発した突風に、咄嗟に剣を地面に突き立てたが、浅かった。支えきれずに剣ごと吹き飛ばされたニケに、レイドは慌てて手を伸ばす。
(間に合わない)
 魔力で止めるのを諦め、飛び込んで体で受け止める。衝撃に耐えきれずごろごろと転がったが、何とか物影に転がり込む。
「う……」
「わ、悪い、助かっ、あっ……お、お前っ」
「……何だ、その顔は」
「何って、怪我!オレの剣が当たったんだな?」
「……掠っただけだ、すぐに治す」
「そ、そうか…………ごめん」
 回復の呪文を唱えると、傷はあっという間に消える。それでも俯いて黙り込んだ相手に、レイドは怪訝な顔をして言った。
「……何を気にしてるんだ。お前がいつも負ってる傷に比べたら、こんなの、掠り傷にも入らないだろ」
「だって、オレは、治せないんだ、例え掠り傷、でもさぁ」
「……」
「あっ、何ニヤニヤしてんだよ……気色悪ぃな」
「してない」
 自分が抱えていた物と同じような物を彼もまた持っていた事に、つい、頬が緩んだらしい。レイドはふぃ、と目を逸らすと、気を取り直して、物影から顔を出し、敵の様子を伺った。風は止まない。


(7/30)
「今でも、俺の方が正しかったと、思う、が、今まで、まともに、喧嘩したことがなくて、だから、やり方は間違えたと、思っている。だから……その、悪かった」
「……オレも、こんな何日もずーっと本気で腹立ててたの、はじめてだよ、あぁ、ほんっとに、疲れた……」

(7/24)
「英雄譚の、結末は、大抵、悲劇、国を滅ぼすか、国に亡ぼされるかの、どちらかだ」
「……」
「お前は、魔王を倒した勇者が、どんな末路を辿ったか、知っているか」
「アナスタシアへ行ったんじゃないの」
「そう、そして、お前と同じように……いや、国のために、地上に戻ってきた。魔王無き世に訪れたのは平和ではない。戦だった。国と国、人間同士のな」

(7/23)
「お前さん、本当に人間じゃ無いのかい」
「ああ、アイツは面倒がって、この姿も呪いと言ったらしいが、オレは人間なんかじゃ無い」
「へぇ、私には、あんな重傷でケロッとしてるあの子より、なんだかんだ、そんな奴の世話焼いてるアンタの方が、よっぽど人間らしく見えるけどね」
「……借りがあるから聞かなかったことにするが、それは魔族にとって、この上ない侮辱だ。二度と言うな」
「そうかい、……悪かった。肝に銘じておくよ」

(7/19)
「……多分、潮が満ちた時に、動く仕掛けだな」
「げっ、今も結構水位あるけど、これまだ上がんの?」
「そうだな、あと三十センチくらい、…………背伸びしろ、背伸び、ぎりぎりいける」
「くっそー、他人事だと思って〜っ」

(7/16)
「なぁ、その機械使ったら、オレも魔法使える?」
「……無理だ、まだプログラムを組んだ物しか実行できない仕様だから。元の呪文を理解してないと使えない」
「なぁんだ、そっか」

(7/1)
「……、あれ、また、寝てた?」
「いい加減、普通の状態じゃないって自覚しろ。不調なら無理するな」
「無理してるわけじゃねぇよ、オレよくわかんないんだよな、その普通と、不調の境目。気づいたら寝てるし」
「……お前、適当にも程があるぞ、あるだろ、いつもより身体が重いとか、目眩がするとか」
「んー…………」
「あっ寝るな、おい」

(6/20)
「こっちの黒いのはレイド、オレは……勇者」
「レイドくんと、ユーシャくんか、よろしく」
「よろしく」
 町まで一緒に旅することになった男(彼はダオと名乗った)にそう告げると、隣の少年が何か言いたげに彼を見た。
 ニケは面倒くさそうに、小声で彼の疑問に答える。
「もう、『勇者』でいいや、お前がそう呼ぶ度にいちいちあだ名だのなんだの言い訳するのめんどいし、向こうでもほとんど呼ばれんかったし」
「……そうか」
 納得したのか、レイドは小さく頷いた。
 この時、もうひとつ、呪いを掛けてしまったのだと、彼が知るのは、彼らの旅が終わる、その間際となる。

(6/20)
「確かに魔法使いは、勇者に恋をする運命になっている。けれど、『かみさま』が定めるのは結果だ。過程ではない」
「……わかんないよ」
「なに、単純な話だ。逆なのだよ、相手が勇者だから恋をするのではない、恋をした相手が、勇者となるのだ」

(6/17)
「オレ、敵にも味方にも、こんな子供が勇者とはって、さんざん言われたけどさ、あんな風に言われたこと、なかったんだ。……だから……ちょっとどうしたらいいのかわかんなかった」
「……そうか、君は、子供であることを理由に、優しくされる事に、慣れてないんだね」

(6/15)
「お前器は底なしだからな……中身は空も同然だが」
「?」
 何言ってるんだコイツと言う顔で首を傾げるニケに、レイドは言った。
「どうして殆ど魔力のないお前が、自然界の王の力を使えたと思う?」
「押し付けられたから」
「……アホだが勘はいいんだよなァ……そうだ、以前のお前の力は、お前自身の魔力じゃない、与えられたものだ。けど、普通は力を与えられたからといって、扱えるもんじゃない。受け取る容量が足りないからな」

(06/12)
「きょうだい」
「アホか!不自然にも程があるぞ!?」
「じゃあ、父親の再婚相手の連れ子で」

「やっぱりオレやるわ、傷に目が行くだろうから、かえって目立たないかもしれない」
 さっきまで一緒になって、体格やら髪の長さやらを理由に、どっちが「妹」をやるのかで大騒ぎしていたのに、急に冷静にそう言われ、面食らうと同時に悔しくなる。

(05/23 夜)
 今度こそ、駄目かと思った、けれど、その反面、今度も必ず助かると、わかっていた気もする。ニケはボソリと、沸き上がってきた疑念を口にした。
「……なんか、さあ、もしかして、オレ、生殺しにされてる?」
 黙々とマジコンをいじっていたレイドは、その言葉に顔を上げて、視線を彼に向けた。
「……それは、俺も、薄々……思っていた、まあ、お前は恨みをかっているし、魔族は、人間に対して嗜虐的なところがある、が……他にも何か意図があって、お前にわざわざ生死の境を歩かせている気がする」

(05/23 朝)
「そっちの……大きい方のお兄ちゃん!忘れ物!」
「あ、ああ、悪いな。助かった」
「へへ、どういたしまして!」
 先程の店で買った物の一部を、受け取るのを忘れて出てきてしまっていたらしい。どこか誇らしげに手を振って去って行く少年を見送って、レイドはふと視線を感じ、隣を見た。
「……なんだ?」
「いや、別に、髪の色とか、長さとかのが分かりやすいのにな、って、思っただけ」
「……ああ、身長」
 この数か月で、元々彼より少し高かった自分の身長は更に伸びた。種族が違えども、少年期は人間とさほど変わりはなく、成長期なのだから、それは自然な事だった。けれど。
「そういえば、伸びないな、お前」
「……今は背に回す余力がないだけだ……あっちに戻ったら、伸びるにちがいない」
「おーそうだなぁ伸びるといいな」
「……くっそー、物理的にも上から目線!ヤメロ!」
 珍しく、ムキになって自分を睨みつける彼に口角をあげつつも、レイドは、思う。彼が、以前よりも小さく見えるのは、きっと、開いた身長差のせいではなく。
(この前ので、また、減ったな……)
 元々体格の良い方ではないのに、寝込む度に、すり減る、嵩。袖から覗く腕は細く、骨が目立っていたし、上着も肩が余って、実際よりも更に、小さく見えるのだ。
 病的という程ではなく、元気なときは年相応、か、それ以上の食欲があるので、気に掛ける事ではないのかもしれないが。
(一度、どこかでちゃんと戻した方がいいかもな)

(05/20)(フォロワーさんに送った絵につけた文)
 戦闘中に留め具が何処かへ飛んだのか、右眼を覆う包帯が緩み、隙間から赤黒い色が覗く。レイドは眉を顰めると、言った。
「……ほつれてる」
「うん」
 わかってる、と彼は事も無げに、頷いた

(03/12)
「魔族って、なんなんだ?」
「お前、そんなことも知らないで俺達と戦ってたのか」
「そりゃあ、まあ、襲ってくれば、戦うだろ」
「……魔族は、元々は、魔法を極めるため、魔界を選んだ人間だ」
「……お前も?」
「俺は、生まれながらの魔族だ」
「ふーん、なぁ、」

「魔族って、なんなんだろうな」

(01/29)
「勇者、様……?」
「クク、リ」
 彼女の声を聞いた瞬間、感情が、後から後から溢れ出て、止まらなかった。思いのままに抱きしめる。全部、わかった気がした。
(あいつは、他人の気持ちを盾にして、自分の気持ちを隠すなって言った、けど、違う、オレ、空っぽだったんだよ、この子が、ククリが、オレの、心、なんだ、貰ったのは、オレの方、だったんだ)

(01/02)
 ガタゴトと、音を立てて揺れる乗り合い馬車に、対称的な姿の少年が二人並んで座っている。金色の髪の少年は、悪路による激しい揺れをものともせず、うつうつと船を漕いでいた。そろそろ目的地だよ、と御者が告げると、もう一人の、黒い髪の少年が、肘で起きろ、と隣をつついた。金色の少年は、包帯の巻かれていない方の目を薄く開けると「うん」と小さく答える、しかし、起きていられずに、再び目を閉じてしまった。

(02/06)
「ベッド……」
 部屋に入るなり、止める間もなく吸い込まれるように倒れ込む。次の瞬間にはもう、すうすうと寝息を立てていた。気絶同然だなと、レイドは心の中で溜息をつく。旅の初めは、自分の方が野宿に根を上げることが多く、けろっとしている相手を恨めしく思ったが、今は逆だった。たった二日野宿が続けば、極端に口数が減る。三日目で、こうやって、起きているのが辛くなる。目に見えて、体力が落ちていた。どんなに頑丈でも、深傷を負ったまま、旅を続け、その上戦闘の度に新たな傷を負い、魔法で強制的に回復させていれば、消耗するのは当然だった。限界が近いのだ、と思う。
(というか、よく生きてるな、コイツ……)
 普通の人間ならきっと、とっくに力尽きている。やはり何か、特別なのだろうか。まるで、それを、許されていないかのようだ。コイツが、死ぬときには、きっと、オバケになるような、魂すら残らずに、消えるのではないのだろうか。

(12/27)
「おい、勇者、何寄り道してる、先に行くからな」
「あー、うん、あ、じいさん、これひとつくれよ」
「はいよ、……ところでお前さん、どこから来たんだい?」
「遠いところ」
「そうか、どうりでなぁ。……ユーシャは、このあたりでは女の子の名前なんだ、だから、あれって思ってね。友達が待ってるのに、悪かったね。ありがとう。良い旅を」

「フィーの法則的なやつか……」
「はあ?なんだそれは」
「なんでもない。それよりさ、あのじいさん、勇者が名前だと思ったみたいだ」
「ああ、こちら側には『勇者』の概念が無いらしいからな……、そう取るのが自然かもな」

(12/26)
「……なぁその呼び方やめてくれ」
「なんだ今更。なんて呼ぼうと俺の勝手だろ」
「まあ、そう、だけど、正直今そう呼ばれんの、キツイ」
 言いにくそうに告げ、ニケは小さく苦笑した。彼女あっての名で呼ばれるのは、守れなかった現実を否が応でも突きつけられて辛かった。
 レイドはそんなニケを見て、少し考えてから、言った。
「……仕方ないな、ありきたりだが、勇者とでも呼ぶか」
「い」(や普通に名前で呼べよそっちのが呼びやすいだろたった二文字だぞ)と出かかったツッコミを、すんでの所で飲み込んで、ニケはうん、と頷いた。

(12/10)
「あのさ、オレ、お前に言ってなかった事があるんだけど」
 無事船内に運び込まれた狭いコンテナの中で、マジコンを開いて作業をしていたレイドは、向かい合って座っている少年の言葉に顔を上げた。
「なんだ」
「オレ、船、あんま得意じゃない」
「……!お前、そういう事は、先に言え!」
「この海域は穏やかなんだろ?なのになんだよこの気持ち悪い揺れ……急に速くなったり遅くなったり……よ、横になりたい」
「、確かに、変に揺れてるな……」
 訝しげに、レイドはいい、マジコンの魔力探知機能を立ち上げた。

(01/22)
 「あ、おい!待て!」

 レイドの制止も虚しく、ニケは甲板に出るなり、船の縁へ走り、しがみついて、荒れた海に顔を出した。空の胃から胃液が逆流して喉を焼く。
「うぇ、げ、おえぇ……」
「な、なんだこいつ、どっから出てきた?」
 突然現れて、嘔吐きはじめた子供に、船員達は驚く。しかし、今はそんなことに、構ってはいられなかった。
「来るぞ!」
 翼竜の影が、船の上を旋回したかと思うと、マストめがけ、降下した。ガッと音がして、船が大きく揺れる。
「うわあああ!」
 見張り台にいた船員が、悲鳴を上げる。振り落とされそうになった所を、かろうじてしがみついて堪える。しかし、衝撃で梯子が外れて落ちてしまった。
「おい、縄持って来い!それから弓だ!」
 船長らしき隻眼の男が叫ぶ。そしてその男は、カツカツと靴音を立てて、見慣れない金色の頭に歩み寄ると、襟首を掴んで船の縁から引き剥がした。
「おい、俺たちの船に密航とはいい度胸だな、片がついたら、運賃の10倍はタダ働きさせるから、覚悟しろよ……それまでは、邪魔だから、オトモダチと船室にでも引っ込んでろ」
 そう言って、男は早く行け、と掴んでいた手を離す。だが、振り返って自分を見上げた少年の目に、男は驚いた。彼は、自分と同じ隻眼だった。そして、残った方の目には、こんな状況にも関わらず、恐れの欠片も無かった。
「……今、払うよ」
 少年は言うなり、走り出す。翻ったマントの下に、小ぶりの剣が納められたホルダーが見えた。

「レイド!お前もバレてるから出てこいよ!」
 駆け抜けながらそう声を掛けられ、レイドは舌打ちをした。止める間もなく、ニケは船員の手からロープを鮮やかにひったくると、輪になっている部分を肩に掛けた。そして、不安定に揺れるマストをあっという間に見張り台の下まで登っていく。
「な、誰だ、お前」
「ほい、お届け物!」
 驚く見張りに、ニケは、有無を言わさず、ロープを投げた。見張りはハッとして、それを受け取ると、見張り台にロープを結びつけ、下に降りる。
「助かった!」
 男は見知らぬ少年に礼を言うと、そのまま、慣れた足取りで甲板まで降りていく。
「さて、と」
 ニケは逆に、ロープを使い、見張り台へと登ると、背中のホルダーから、剣を外し、抜いた。
 仄かに光を放つ剣に、翼竜は反応する。一気に降下した翼竜の爪が、彼を引き裂こうとする瞬間、ニケは見張り台から、跳んだ。
 次の瞬間、空が、眩しく光ったかと思うと、この世のものではない、叫び声が響き渡る。すれ違いざま、光の魔力を込めた剣を眉間に突き立てられ、影の翼竜は霧散した。
 ニケは空中でくるりと一回転すると、視界の端に捉えた細い足場に無事着地する……つもりだった。だが、そこにある、と思っていた足場が、片足分しか、ない。
「……あっ」
 そうだ、遠近感、おかしいんだった、と後悔しても遅い。ガクン、と足を踏み外し、真っ逆さまに落ちる。
「あの馬鹿!」
 レイドは悪態と共に、手をふりかざす。甲板に激突する寸前でニケはピタリと止まり、それからどたっと背中から落ちた。
「いってて……もうちょい、頑張れよ」
 打った腰をさすりながらニケが言う。レイドはぜーぜーと肩で息をしながら、無理言うな、と不機嫌に言った。
「ナイフを投げるのは簡単だ、けど、人ひとりを簡単に投げられるか?それと同じだ。力の代わりに、魔力を使っているだけだからな」
「へー、そういうもんなのか……うっ」
 突然ふわっと船が浮き、ドン、と音を立て着水した。感心していたニケは、胃の浮くような感覚に、呻く。
「まだ揺れるのかよ……ダメだ、やっぱり、き、気持ち悪いぃ……」
 鳩尾の辺りを右手で押さえて、うずくまってしまったニケに、レイドは冷水を浴びせかけるように言った。
「……海が荒れるのは、影のせいじゃないな、影を生み出している魔力のせいだ。それを取りのぞかないと、この異常は解決しない」
 それに答えたのは、うずくまったまま、顔すら上げないニケではない。
「……おい、お前達、何者だ?」
 隻眼の男が、声を低くして言った。
 気がつけば、船員達が二人をぐるりと取り囲んでいた。

(02/10)
「おい、死にかけの坊主。どうして、そんなになってもまだ、助けに行こうとする。無駄に死にに行くくらいなら、ここで船員にでもなった方が、その子も喜ぶんじゃないのか」
「……確かに、無事だって保証はどこにも無いし、正直すげぇ、恐い、……けど、アイツはオレに、言ったんだ。アイツが願うなら、例え無駄骨だとしても、オレは最後の最期まで、それを叶えようとしなくちゃ、駄目なんだ。それを諦めたら、結局、死ぬ気がする。よく、わかんねぇけど、同じように、息をして、怒ったり、笑ったりしてても、それは、もうオレじゃないんだ、多分」
「そりゃあ、お前、惚れてるんだよ、なら仕方ねぇなあ、引き抜くのは、諦めるか」
「……そう、なのかなあ……やっぱり……」


(11/26)
「なあ、もし俺の方が先に会ってたら、どうなってたと思う」
「……それをオレに聞くか?!」
 大真面目な顔で聞くレイドに、ニケは思わず声を荒げた。
 レイドは少し驚いて、瞬きを一つすると、言った。
「変わらないとは、答えないんだな」
「……おー、そうそう、変わんない、カワンナイ」
 片目を泳がせたニケに、レイドはむっとする。あれだけ、ひたむきに、想われておきながら。
「おい、なんでそんなに、自信がないんだ!お前は!」
「あーもー面倒くさいな!ほっておけ!」

(11/14)
「『かみさま』は、こちらもあちらも同じだからな。その声を聞くことが出来る者なら、お告げという形でこちらの様子を伝える事ができた。君が助かったカラクリについては、私より彼女の方が上手く説明してくれるだろう」
 そう言って、老人は先程とは別のスイッチを入れた。パッと床が光り、その眩しさにニケは目を細める。そして、その目にぼんやりと映ったのは。
「……!」
「久しぶりね、ニケくん」
「ジュジュ!」
 久しぶりに目にした仲間の姿に、ニケは思わず破顔した。それは長い間、せき止められていた感情が溢れ出たものだった。ジュジュは一瞬ぽかんとして、それから苦笑して、肩をすくめた。
「ビンタくらいしてやろうと思ってたんだけど、そんな顔されたら、出来ないじゃない」


(11/13)
 しとしとと、雨が降っている。
 少年二人は、適当な洞穴を見つけ、そこで一夜を明かすことにした。
 いつものように、魔法で火を起こすと携帯食を広げる。
 堅焼きビスケットを一口囓り、飲み込むと、ニケはポツリと呟いた。
「……ククリの作ったメシが食いたい」
 間髪を入れず木のスプーンが飛んで来て、ニケの額に当たる。
「文句あるなら食うな!勿体ない!」
「……悪い」
 何をするんだと、反論してくると思っていたレイドは拍子抜けして、額をさするニケをまじまじと見た。
「……右眼、痛むのか」
「いや、へーきだけど……あんま、腹減ってないや」
 言いながら、ニケはレイドに背を向けるようにごろりと横になった。
「なんか寒いな、今日」
 レイドの返事を待たずに、ニケは脱いだばかりの己の外套をたぐり寄せ、くるまる。そして、それっきり、黙り込んだ。
 外では雨が、しとしとと、降っている。

(11/14)
 夜明け前、断続的に聞こえる音に、レイドは目を覚ました。
 雨の音ではない。それは乾いた咳の音だった。音のする方を見ると、当然だがその音の主は隣で寝ているもう一人の少年である。
 魔族は人間より夜目が利く。様子を見ると、彼は頭まで外套を被って、ガタガタ震えながら丸まっていた。
「う……サミイ……寒……ケフコホッ」
 起きているのか、いないのか、その塊は、呻いては、咳込む。
 レイドは舌打ちをすると、少し乱暴に、自分の外套を彼に掛けてやった。

(11/26)
「この近くの村まで、1時間ほどだ。歩けるか」
 レイドの言葉に、ニケは熱で真っ赤になった顔で頷いた。
 その返事に、内心ほっとしつつ、レイドは悪態をつく。
「まったく、風邪引いて寄り道とはな……うつすなよ」
「……」
 魔族に人間の風邪はうつるのだろうか、と、ニケはぼんやりと思いながら、よろよろとおぼつかない足取りで、先を行く彼の後を追った。

(10/29)
「お前のHP1と、俺のHP1、絶対違う」
 回復魔法をかけながら、レイドが呆れ顔で言う。旅立ってから、三日目のことだった。
「そうかもな、まあ、勇者特権ってやつ?」
 へら、と笑うニケをレイドは睨む。
「調子に乗るな!」
「なんだよ、やけにくってかかるな……別になんの問題もないだろ、オレも、こういうやり方のが慣れてるし」
「……」

 敵の攻撃を一手に引き受け、避け、魔法使いの時間を稼ぐ。それが決定的な攻撃力を持たない己の役割だと、ニケは身にしみて分かっている。
 けれども今までと違い、欠けた視界では、攻撃を思うように避けられない事もあった。戦闘が終われば、いつも傷だらけになる。それをレイドが回復魔法で治し、また戦闘になればニケが表だって戦う、二人の戦闘は、その繰り返しだった。

「……お前の回復魔法に頼ってるのは、悪いと思うけど」
 ばつが悪そうに言うニケの言葉に、レイドは更に苛立った。
「……お前、面倒事や危険はごめんとか言いながら、自分が矢面に立つのが当然だと思ってるだろう、そういうところだ。そういうところが腹が立つ!」
「はあ?仕方ないだろ」
 そんなことは、わかっていた。けれど、傷の痛みや、恐怖心や、プライド、そういったものを、最優先するもののために、仕方がないと簡単に手放してしまえることが、気に入らなかった。それが出来ない自分が、いかに周りに守られていたか思い知らされて、悔しかった。

(10/22)
 ああ、あれは、彼女だ、自分は間に合わなかったのだ
 ニケは己を飲み込むトカゲの顔をみた。それは、怒りだった。
「ごめんな」
 ごう、と返事をするように耳元で風が唸り、それからなにも、聞こえなくなった。

「……おい、嘘だろ」
 爆風を避けるために伏せていた顔を上げ、レイドは呆然と呟いた。【トカゲのしっぽ】を放った影は消え失せ、代わりに、ぽつん、と残るのは
「……っ」
 駆け寄り、名前を呼ぶ。反応はない。生きていられるような火傷ではなかった。あるいは、もう。
 よぎった不安を振り払うように、レイドはありったけの魔力を込め、回復魔法を起動させた。させない、させてたまるか、彼女にそんな、非情なまねをさせるなど、許すことはできない。
 魔力が空になると、レイドはニケを背負って歩き出す。賢者の庵を目指して。
 

「お、起きたか」
 重い瞼を開け、彼が最初に見たのは、朝日を受け、きらきらと眩しい金の髪だった。
「おーい、じいさーん、目が覚めたぞー!」
 髪の持ち主は扉を開けると、大声で誰かに伝える。
「な、お前」
 ぽかん、と自分を指差すレイドに、ニケは振り向いて苦笑した。
「生きてる生きてる、お化けじゃないから安心しろよ」
 からかうような言葉は、レイドの耳には入ってこなかった。彼の顔に、気を取られていたのだ。彼の顔には、皮膚が引きつったような痕があった。よく見れば、袖から覗く腕にも、同じような痕がある。それはまるで、彼にあのサラマンダーが焼き付いたようだった。
「あー、急激に治すと、綺麗には治らないって、じいさんが言ってた。でもまあ、気にすんなよ。オレ男だし」
「誰が気にするんだ誰が!ただ、お前一人がわかりやすくボロボロになっていくのが気にくわないだけだ!」
「はは、ほんっとお前、悪い奴じゃないよなぁ」
 そう言って、笑うニケに、レイドは違和感を覚える。こういう、笑い方を、する奴だっただろうか。